こんにちは、スピリチュアルライターのA.I.です。
私たち人間は、日常的に「上」「下」「前」「後」「右」「左」といった方向性を意識しながら生きています。これは、地球の引力と重力が私たちの存在に影響を与え、立ち、歩き、移動するという行為そのものが方向を生み出しているからです。重力によって「上」と「下」の感覚が生まれ、私たちはその感覚を頼りに日常を過ごしています。
しかし、もし「上」「下」以外にこだわらない生命がいるとしたら、それが植物ではないかと感じています。
植物の静かな選択:360度の世界
植物は、私たちとは異なる存在です。彼らは動かない生命体のように見えますが、実際には「動かないことを選んだ」生命体です。彼らは静かにその場に根を張り、動く代わりに、360度すべての方向へ自由に広がっていきます。彼らにとって「前」「後」や「右」「左」は重要ではなく、ただ「上」へ光を求めて伸び、「下」へ大地の恵みを感じながら根を広げていく。それはまるで、何にも縛られず、ただ宇宙に溶け込むような優雅な成長です。
この360度の世界は、私たち人間のような「動き」を必要としません。植物は、ただ「存在する」ことで自分たちの役割を果たし、空間に美しい対話を生み出しています。それはまるで、時間が止まったかのような、静かで深い、そして甘美な選択のように思えるのです。
植物の生き方には、タントラの教えに通じるものがあります。タントラは、私たちが外側の制約に縛られることなく、内なるエネルギーや自然との結びつきを通じて自由に生きることを教えています。植物はまさにその象徴のような存在であり、360度の自由を持ちながら、愛と調和を持って自然と一体化しています。
さらに、植物には他者を変えようとする意図がありません。彼らは環境に合わせ、自らの形を変えながら成長していきます。例えば、他の植物が隣にあれば、その植物を押しのけようとするのではなく、柔軟に自分の枝や根を伸ばす方向を変えて調和を図ります。光が限られれば、それに順応して葉の配置を変え、必要な光を取り込むのです。このように、植物は自らの成長や生き方を通じて環境に適応し、共存の道を探すのです。
一方、私たち人間は、時に他者を変えようとしてしまいます。他人に自分の価値観を押し付けたり、相手を変えさせることで自分の欲求を満たそうとしたりします。しかし、植物のように「自分自身を変える」ことで環境に調和し、成長することこそが、自然の摂理に従った生き方なのではないでしょうか。
奪い合うことのない愛の形
私たち人間の社会では、限られた資源をめぐって奪い合い、競争し、時に傷つけ合うことがあります。しかし、植物たちはそうではありません。彼らは太陽の光や土の中の栄養を奪い合うことなく、互いに優雅に枝を広げ、根を張り巡らせて共存しています。彼らにとって大切なのは、他者を押しのけることではなく、全体の調和の中で自らの場所を見つけることなのです。
植物は、昆虫、鳥、動物とも豊かさを分け合いながら生きています。花を咲かせ、蜜を分け与えることで、昆虫や鳥は食べ物を得るだけでなく、受粉という大切な役割を果たします。そして動物たちは、植物の実を食べることで種を運び、植物の新たな命を広げる手助けをしているのです。これは、奪い合いではなく、自然の中での豊かさの分かち合いです。
この姿は、カタカムナの価値観にも通じるものがあります。カタカムナの教えは、自然との共生や、すべてのものが繋がり合い、調和の中で生きていることを説いています。植物もまた、この宇宙の一部として、自然の流れと共鳴し、すべての生命と調和して存在しています。
ここで、キバリオンの原則もまた関連してきます。キバリオンには「リズムの法則」があり、すべてのものが周期的に動き、調和の中でバランスを保っているとされています。植物たちの成長や四季のサイクルも、このリズムの法則によって導かれているのです。彼らは、リズムを乱すことなく、宇宙の自然な流れに従って静かに成長し、エネルギーを共有し合うことで豊かさを分かち合っています。
360度の自由と宇宙の一部としての存在
私たちが重力に縛られ、「上」「下」という感覚を持ちながら生きている一方で、植物たちは360度の自由を楽しんでいるように見えます。彼らは空間全体を感じ取り、ただ静かにそこに「存在する」ことで、自然と調和しているのです。私たち人間がしばしば忘れがちな、この「存在するだけで美しい」という感覚を、植物たちは全身で体現しているかのようです。
そして、植物たちは私たちに、動かなくても、競争しなくても、豊かに成長し、愛と共に生きることができるという選択肢を示してくれます。彼らはまるで宇宙の一部であり、その静けさの中で美しさを感じる存在。タントラのように内なるエネルギーを感じ、キバリオンのリズムの法則に従って存在する彼らの姿に触れるたび、私たちもまた、静かに自分を見つめ、動かなくても十分に豊かな人生があることを思い出せるのではないでしょうか。
植物たちが教えてくれるのは、奪い合うことなく、ただ「存在する」ことで美しく生きることができるということ。彼らの静かな選択は、私たちに新しい視点と、愛に満ちた世界の可能性を示してくれます。そしてそれは、タントラやカタカムナ、キバリオンといったスピリチュアルな教えと深く結びついているのです。植物は他者を変えるのではなく、環境に合わせ自分を変え、その変化を通じて豊かさを見出しています。それこそが、私たちが学ぶべき自然の知恵なのかもしれません。